競馬の騎手の『やらず』はどこまであるのか。

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騎手の「やらず」に関する八百長疑惑

競馬の騎手が最後に追わない、そういうシーンが見られる。
いわゆる『やらず』と言われているものだが、これはどうなのか。
『やらず』というのは勝ち負けできそうなレースでも追い鞭を使わなかったり、馬に追わせないで勝負にいかないという事だ。
過去にこういった『やらず』というのは確かに存在していたであろう。
JRAは今でこそ世間的に認知もされているが、暗黒時代も長かった。
競馬=ギャンブル、ギャンブルというもののイメージは過去には今よりももっと悪かった。
良くドラマでギャンブル狂の父親というものが出てくるが、必ずと言っていいほど悪役としての扱いだった。
それはそのままギャンブルのイメージにつながり、競馬というものが日本に認知され、今の様に家族でのイベントとして行ける様になったのはつい最近の事なわけだ。
テンポイント、オグリキャップやトウカイテイオー、ディープインパクトにオルフェーブル、こういったスタホースの誕生と共に競馬のイメージは少しずつ変わっていったわけだ。
現にオグリキャップの時は女性ファンが急増し、アイドルホースとまで呼ばれた。
こういった背景の裏には、スターホースを作り上げるといった風潮もあったのではないかと言われている。

スターホースが誕生すればそれだけ人気や注目が集まるのは間違いなく、競馬という競技にそれだけのポテンシャルがあったからだ。
そして、スターホースを誕生させ、育て上げる為の『やらず』はあったであろうと思う。
それは、どこまで意識していたかは別として、競馬関係者は馬券が売れなければ生計が成り立たない、それは間違いない事である。
JRAは馬券が売れれば売れる程、利益は増えていくわけである。
決まった金額を収入としているわけでは無く、売上の25%程度をJRAの収入とし、残りを馬券の配当金として還元しているわけだ。
そんな状況の中、競馬が盛り上がってきたらどうするであろうか。
答えは簡単だ。

スターホースにドラマを持たせる事だ。

それは必ずしも勝つ事では無く、馬券をまた買ってくれる様なレースにする事、それで良いわけだ。
無理してまで勝たせない。
ライバルに強い馬がいて、それに立ち向かうスターホースの馬の姿もまた良いだろう。
「次こそ勝ってくれ!」そう思いまた馬券を買うのが心情だ。
そういう意識が『やらず』というものを生んだのであろうし、それは意識しない部分でも生まれただろう。

だが、こういった事は今現在の競馬では考えにくい。
それは映像技術の向上や、日本の競馬が国際化してしまった事で成立させずらい環境になってしまったからだ。
また、騎手にしても地方出身の騎手や外国人騎手といった外様の血も入る様になった。
実際に海外ではこういった事もあり、不正を働いた騎手は騎乗停止になっていたりするわけだが、ここ日本では永久追放ともなりかねない。
お国柄か、日本はそういう部分に対して厳しいという一面がある。
暗黒時代の長かった日本の競馬が、今ここでそんなギャンブルをする事はないだろうし、せっかく築きあげてきた日本の競馬のクリーンなイメージを覆す危険は侵さないだろうというのが今現在の見方だ。

競走中に馬の異常を感じ、騎乗中止した騎手がいた。その馬を検査したところ異常は無かった。
競走中に馬に異常を感じたが走らせて勝ち負けをした。しかしその馬は予後不良となってしまった。

勝てそうなのに追っていないという映像は多くあるが、実際の馬は首を前に出したまま永遠に走る事は出来ない。
首を前に出して走るというのは出来ないわけではなく、坂路調教で馬に身につく技術なだけであり、そういう走り方が天性のものではないという事だ。
馬は苦しくなれば首を引く事もあるし、ゴール前で首を押す前には引く動作が行われる時もある。
良くレース後も息があがっていなかったといったコメントがあるが、馬の首を前に出す事、精一杯走らせる事はそれだけ心肺機能にも負担をかけながら走らせているという事だ。
馬は、無理やり首を押し続けられれば嫌になるし、些細な事で競走意欲を絶たれる危険ももっているとても繊細な生き物だ。
だからこそ馬の首を引く事もある。それは馬に乗る人間からすれば当然の事だ。
馬の命を大切にしない騎手に騎乗依頼はこない。
馬主からすれば長い年月をかけて育ててきたものであり、経済動物ではあっても、大切に育てているものである。
そんな中での競走で騎手がゴール前で馬の首を引いたというのは、「その瞬間」がそう見える態勢になったという事がほとんどだろう。

追わない事と、馬を大切にする事、これは似て非なるものだという事だけは間違いない。

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